経験値とアイデンティティ

デザインの経験値展というものに参加しました。この展示会は、経験年数の異なるデザイナーに同じテーマを与え、その差異の可視化を試みるというものです。

先に言いますと冒頭の写真は私のデザインではありません。私のデザインはプロトタイプが戻ってきたら撮影して近日ウェブサイトにアップします。

プロダクトデザインカテゴリは5年目のデザイナー、大学3回生、そして18年の私の三人が、仮想のインテリアショップ (器屋)のノベルティボールペンをデザインしたらどうなるかというお題でした。お店の名前はcalm holm(カームホーム)、穏やかな中州という意味です。立地場所は大阪中之島。

少し結論づけたことを最初にお話しますが、私はデザイナーの経験値を可視化(数値化)するのは難しいように思います。なぜなら表層的なデザインは人により受け止められ方が変わるからです。経験値という数値的な物とそのアウトプットは当然リンクしないように思いますがやってみる価値はあると思い請けました。

ただ未だに様々な要因の中で経験の差を見いだし、一定の結論に導くのは難しいと思っているのは確かです。今回は5年目の匿名希望の方と、滋賀県立大学3回生の鴻巣(こうのす)由季さんと同じテーマでの展示となりました。展示趣旨は面白いと思いました。

僕自身、このテーマは「ノベルティ」であることが主題だと思っていて、内装の雰囲気や取り扱う商品イメージ、お店の名前からの引用や観察だけでなく、仮想オーナーへのヒヤリングから、お店の立地条件、ノベルティという商品ではなく販促品であることの条件など様々な要因を統合して1週間ほど時間を費やし2案デザインしました。

その2案の差は、ブリーフィングにある範囲の中で納まっているデザイン、もう一つはその範囲の外側にあるデザインでしたがキュレーターとの話し合いにより最終的に範囲の外側の物は掲示しない方向になりました。このアイデアはまた別途然るべきところに提案しようと思います。

さてB案は条件上スタイリングワークに限られたわけですが、ノベルティであるために無料で配られるものじゃないといけません。その裏側にある条件として「コストはかけられない」ということがあります。それでいてLAMYなどの商品にペンの仕上がりとして競うのはそもそもビジネススキームとして難しいと思い、ペンの本質を追求する案ではなく、最低限使用に満足できるレベルでありつつノベルティの本来の目的であるお店の想いやスタンスを宿したペンを作ることにしました。

私がスタイリングしたペンは、四角い柱状をしており、そのちょうど中心が180°ひねられた造形です。この手法はヨーロッパなどを中心に古くから鉄柵などに用いられる技法で、製造方法もまさしく熱された角柱を力でねじることで生み出される形です。この造形記号をアイデアの中心に据えたことは、無機質な物に有機的な美しさを与えるというコンセプトに由来します。

そのコンセプトは「中之島」という大阪市の中心にある中州に器屋を開業するというお店のスタンスから導き出しています。私も以前働いていましたが、中之島というロケーションは淀屋橋、北浜と証券会社などが多く存在し、道行くホワイトカラーが肩で風を切る街でソリッドな建物が立ち並び、大阪らしいお堀(川)がたたずみ、極めてスマートなエリアです。その中において「あたたかさ」を提供しようという店主のスタンスはまさに無機質にあたたかさという新しいエッセンスを注入するスタンスであり、シミュレーションではありますがある意味パンクともいえます。

なぜなら茶屋町、中崎町、福島、京町堀、堀江、四ツ橋、船場、阿倍野、郊外へいけば七道、豊中など、器屋を開業するのに適したエリアは枚挙に暇がないですがあえてホワイトカラーの中心にそれを置くというイメージがとても印象的だったからです。すくなくともそこで働いていた経験からすると、どうしてもそのエッセンスを取り込みたく、このような造形に絞りました。

このように条件の裏や外側、少し飛んだところにもデザインを完成させるヒントはたくさん存在します。そこから何を紡いでどう成り立たせていくのかが私は経験値だと思っています。ユーザーは最終的な物をまず直感で選びますが、そこで決まらない場合はそれに付帯する物語や素材、または経験についての話になっていくと思います。展示されなかったA案は経験を重視したアイデアであるため、スタイリングというフェイズをそもそも飛び越えていることが展示趣旨から外れたため展示を見送りました。ですが何か強いフックが無ければ差は見いだせないだろうと思い、ここを強調したものにしました。

その次にしたことは、サイズの徹底です。これは使用性に関係し、インダストリアルデザイナーなら必ず行う作業です。つまり経験は関係ないですね。今は3Dプリンターがあるので尺と太さを数理的に10パターン作成し、数人の手で一番良いと判断したサイズ感からさらに微細な調整をして最終納品物となりました。リフィルはもう決まっている物で、そのリフィルは少し短いため、製品本体は短くすることが許された条件です。ノベルティという性質上、受け取る側は仰々しくないものが好ましいと思い、また書きやすさは担保しながらもペンの本質から離れてメッセージを伝えるということから製品本体は通常の長さよりずいぶん短いものになりました。結果としてモールド量(使用する樹脂量)が減り、環境負荷もコストも軽減されるということが期待できるデザインになりました。もしこのデザインが本当に世に出る場合、リサイクルプラスチックやバイオプラスチックなどでノベルティ化したいなと思います。

あとノベルティ自体の名前は最後まで決められませんでした。商品ではないので名付けても管理上の名前にきっとなると思いますし、もしつけたとしても安易な名前では物の純粋な部分の邪魔になるからです。余計なスパイスを付けると基本の味が消えてしまうこともあります。ですので名無しで進めることにしました。

そうして展示会の日を迎え、他の出展社の作品と客観的に見比べるタイミングが訪れました。今日ここまで自分の作品の話をずっと続けてきましたが、実は話したかったことは学生として参加されていた鴻巣さんの作品についてです。

鴻巣さんは滋賀県立大学の学生ですが、その作品に私ははっとさせられました。この投稿に添えられた写真は鴻巣さんの作品ですが説明文は下記の通りです。

ギャラリー名が[calm holm]、英語で[穏やかな中州]ということで、中州に溶け込むようなボールペンを考えました。中州は鳥たちの生息地と言われています。羽をモチーフとしていて、中州に吹き込む風になびくようなしなやかな曲線を意識しました。
羽を伸ばすという言葉があるように、何にもとらわれず自由にのびのびと生活の側にいます。ペン立てに立てかけるのではなく、風通りの良い窓際の机などにおいて眺めてみてください。

つまりこれはもともとペン立てに置くとか、ペンとして握りごこちがどうかというより、窓際に置いてそれが風によりゆらめく姿をデザインしているということです。つまり暮らしがデザインされています。実際のプロトタイプは揺れたり回ったりしますし、それが窓際に置かれてゆらめく姿を想像したときに、このアイデアはすばらしいなと思いました。

経験を積むということは、テクニックスキルや過去からの知識を蓄えるということだと思います。また経験値によりあらかじめリスクを回避したりコストなどの条件にないことを基本計画としてとらえることも簡単になり業務効率や精度が上がりますが、同時にこうした「のびやかな発想」が経験値により縛られることも当然あると感じました。鴻巣さんがこのアイデアに到達するまでのプロセスとして「当然ペンとして良いものでなければならない」という判断があったかはわかりませんが、窓際に置いて眺めるというアイデアに到達したことに、経験値があるプロのデザイナーとしてはっとさせられたのは、創造性と経験値は紐づかないことに他ならないと思います。

以前から学生等に伝えていることがありますが、テクニックや知識は現場で3年から5年ほどで成長は止まります(伸び代はほとんどなくなります)。そこからさらにデザインを高めていくには、その人の思想や哲学、生き方の成長によるということです。思想や哲学、生き方が混ざり合って出た思考の結論がアイデンティティとなり、印象に残っていくと思います。鴻巣さんのアイデアはそののびやかさや自由さから、お店や店主やデザイナーの人となりが見える愛のあふれる物になっていると感じました。それは鴻巣さんのアイデンティティだと思いますし、経験値がない今だからこそできたアイデアかも知れませんが、私がそのアイデアに対して驚かされ、こういうフレッシュさはいつまでの大切にしたいなと勉強させてもらったのが、このイベントから私が学んだ一番大きなことだと思います。

いつかゆっくり鴻巣さんとデザインを語り合ってみたいなと思えるほどに、経験値の差を軽々と飛び越える爽やかなアイデアで、これからの活動も注目していきたいデザイナーだと思いました。

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