壮大な事業承継の物語。

近江商人の哲学「たねや」に学ぶ商いの基本。を読みました。
皆さんは「三方よし」という言葉をご存知ですか?以下コトバンクより引用。
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。近江商人の心得をいったもの。
近江八幡は滋賀県の琵琶湖南東部に位置する町です。そこに八幡山という山がありますがそのふもとに「ラ・コリーナ近江八幡」があります。昨年10月頃に友人たちと奥滋賀にキャンプに行った帰りに寄りましたが、すごく風変りな場所でしたがとにかくものすごい人でした。コロナ後どうなっているかわかりませんが、滋賀という場所にあれほど人を集めることができるのはなぜなんだろうと疑問に思っていました。
そのラコリーナを運営する「たねや」という会社は菓子屋さんです。名前は違いますがクラブハリエというバームクーヘンのブランドは見たことや食べたことはあるのではないでしょうか。この本はそのたねやの創業から今に至るまでの家族の壮大な事業承継の物語であり、変化する社会において会社を続けるために祖父、父、そして著者が何を大切に考えてきたかというマインドセットの本でもあるように思いました。
三方よしのうち、一番重要なのが世間よしと私は読んだのですが、その中に極めて多くのことが含まれている。多くはぜひ本で読んでほしいのですが、天秤棒をかついで遠くは蝦夷(北海道)まで行き、現地に必要なものを売りに行っては、帰りに現地の特産品を同じように担いで戻り、それを地元に売る。またネットワークを形成することにより、地元に居なくとも近江商人同士が協力して生きて行く術を見つけて行く。という、他所の地で生き残り続けるためにするべき普遍のことが書かれており、薩摩藩の本を昔読んだ時のように先人の知恵にはまだまだ現代が学び直すことがたくさんあるように感じました。
また感動的だったのが、その素材ひとつに対してもたねやは敬意を払っていること。それらを作る農家さんへの想いを食べる人まで余すことなく届ける姿勢を持ち続けていること。これはデザインする人間も見習うことのように思います。
リレーランナーのひとりにすぎない。
この項目には、事業承継における極めて重要なことが書いています。私は仕事柄事業承継というできごとに近く、30~45歳くらいまでの家業を継いだ方と仕事をすることが多いのですが、こうした事業承継をもう少し早く勉強しておくべきだったと思うほどに、12年前に独立、創業して社内のことはなんでも自分で決めてきた人間にはわからないことが多い。たねやは事業承継として成功した例だと思いますが、失敗している例も必ず存在すると思いますし、成功例が過去に何をしたかというのはこうした経営者と伴走するデザイナーという職業をする人には重要な知識だと思います。客観的に見て極めて興味深い内容でした。
もちろんこれはフレームワークに落とし込めるような物ではなく、事業ごとに、家族ごとにそれぞれ課題は異なり、一貫して経営コンサルティングという枠組みで伴走できるものでもきっとないとは思いますが、知識を持っていることと持っていないことで大きな差はでるように思います。他にも事業承継に関する本をいくつか読み、様々な出来事を知識として頭に入れておきたいなと思う内容でした。
貫かれるスタンス。
この本の中には「数字ばかり見るな。お客様を喜ばせることだけを考えろ」というフレーズが多々出てきます。実際に著者の方は今でも数字にあまり関心が無いらしく、客の喜びだけにスタンスを貫いており、それが結局数字に繋がっているのがすごい。またその客という枠の中に含まれる人たちが広く、ここでは地元のコミュニティに関することまで多く含まれています。こうしたスタンスは自分がしようとしていることにもつながっているし、多くの学びになりました。
「地方は地方の戦い方がある。」
最も勇気づけられたのがこの項目でした。新しい情報や新しいビジネスは東京。という論理はもちろん理解できますし、東京はそうして継続してきた街。つまり新しさが強みの街だと思います。一方でラコリーナが世界中から285万人も一年で来場するまでになったのには、地方には地方の良さがあり、それを大切に育てることが事細かく書いています。
大阪という私が生まれ育った街は、日本で二番目の街と一般的に認識されていると思いますが、私はそうは思いません。大きな街ではあるものの、風情や人情にあふれた古い街のように感じています。梅田近辺だけが新しさを追求し、それ以外は大阪らしさを少しずつ変化させながら営まれているように感じています。ここにはそうした資源がたくさんあると思いますし、それらをちゃんと整理して育てていけばまた別の価値創造につながっていくように思うのです。
私は小売業ではないので場所を気にする必要はありませんが、別のことに置き換えたとしてもこれは言えることなのだろうなと勇気をもらいました。
もう一つ勇気をもらったことは、ラコリーナという場所の建築はもともとイタリアの巨匠建築家が請け負う予定だったらしいのですが、彼が描いたスケッチに書かれた「ラ・コリーナ(丘)」という言葉だけが残り、実際の建築はその方にはお断りを入れ、マインドが合う別の日本人の方に再委託されたこと。安藤忠雄さんの講演に行ったときも思いましたが、世界でも名前が通るような偉大な人物でもうまく行かないことはたくさんあるということ。またそうした後釜に自分を据えてもらえることも往々にしてあるということ。これはとても勇気が出る項目であり、これからのことを考えるタイミングとしては頭がすっきりするような内容でした。
何より数字を見ずに相手のことを考えろ。という言葉は自分もそうして続けてきたことで、それによってうまく行くこともあれば躓くこともありましたが、どうにか12年やってこれているのは自分に経営の才覚がないからなのかも知れません。そこも少しだけ勇気をもらったというか、こういう考え方でもあれほどすごい会社を育てることができるんだなと心が躍りました。
その他、事業承継時におけるスタッフのことや社員教育のこと、新商品に取り組む心構えや、変えること変えないことの線引きのことなど中小企業が多く、また歴史の長い会社が多く存在する日本でデザインの仕事をするならば読んでおいて損はない内容でした。興味のある方はぜひ。
次は風をつかまえた少年。アフリカで風力発電を作った少年の話を読みます。