はじめてのためのデザイン

2010年代がもうあと一週間ほどで終わります。先日プロダクトデザイナーの秋田道夫さんとそのような内容のトークショーを私の事務所で行いました。当日は私自身の話はあまりなかったと思うので少しだけここに書こうかと思います。
2008年に独立した私にとって2010年代と言えばフリーランスであり続けることができた10年間でした。それはとても挑戦的で幸せな時間でした。
特に私は自分のしたことがない分野のデザインをする際に大きな喜びを感じるようで、2010年代は様々な「はじめて」をデザインさせていただきました。公共のゴミ箱だったり、扇風機だったり、冷蔵庫だったり、ボトル容器だったりしますが、たくさんの「はじめて」の中には、過去にデザイナーが介入したことのない「はじめてのためのデザイン」というのがありました。
この10年で私が「はじめてのため」にデザインしたものの代表格は「家庭用の水耕栽培器」だと思います。これはユーイング(旧森田電工)という大阪の会社が2013年に発売したもので、水耕栽培という言葉がまだまだ知られていない時代であると同時に2011年の東日本大震災の影響から食の安全安心などがマーケットの深層にあった時代においてセンセーショナルな商品として販売することができました。
私は、道具は人の夢や理想を目指す為に使われるものだと常々思っています。この道具は都市に住む人たちが野菜を自ら育てることで、本来の野菜のありがたみを再認識すると同時に、そのプロセスを楽しみながら最後は自らの栄養としてそれを取り込むための道具(機器)です。
そしてこの商品の主役は機器ではなく、機器の中で育つ「野菜」とそれを見守る「人」だと思い、外観はできる限りどの方位からでも内部が見える「水槽」のようなデザインをコンセプトとして打ち出しました。
そうすることでキッチン、リビング、カウンター、お店、どこでも置けるものになり、まだまだ小さかった水耕栽培という世界を拡げるのにふさわしいデザインとなりました。2013年に発売された水耕栽培器Greenfarmは未だ水耕栽培のエポック的商品であり、現在もデザインを変えることなくロングランを続けています。これは企業と共に一つの道筋を作ったことに他ならないと思います。他の企業からも後発でいくつか水耕栽培器が発売されていますが、ある程度近しいデザインや構造の物も見受けられます。
デザインという行為は、本来マーケティングとは真逆に存在するもので数値だけで判断するならば「デザインという価値」の創出は難しいと思います。少なくともすぐに数値的な効果は表れないことがほとんどであり、同時に余裕が無ければできない行為かも知れません。
過去にあるものの形を変えて今のスタイルに合わせるスタイリングワークももちろんデザインの一つだと思いますが、デザインの持つ力や可能性はその領域よりもっと高いところにあります。特に過去の無い「はじめてのためのデザイン」をする上ではデザインの線上にかならず哲学や清く公正な倫理が求められます。私はそれを具現化していきたい。
そして心理的に美しい絵や立体物は、それを見たり触ったりする人をポジティブな気持ちにさせます。それにより企業がしたいことや、届けたい人、作りたい未来を創出するのにデザインの力は必要です。デザイナーは企業の想いの代弁者であると同時にその製品を使う人の想いの代弁者であるとも言えます。
そうしたメッセージやコミュニケーションが廻り合い脈動する活動には、長く続けられる活力が生まれます。反対に想いの代弁なき活動に、きっと活力は無いでしょう。私は「はじめてのためのデザイン」をするとき、その活力を生み出すためにどうするべきかをしっかり考えます。その力を得た物は、爆発力は仮に無かったとしても永く持続する活動になるのではないでしょうか。
私は最近そのように、水耕栽培器で日々育つ野菜を見ながら感じています。