霧晴れて光差す。

前の竹のワークショップに引き続いて台湾の盟友ウェスリー(郭志佳)に招待され、7/11-7/13に中国は杭州(Hangzhou)のお土産物のワークショップ(余快生活)にメンターとして参加しました。今回は学生だけでなく現地の社会人や企業経営者も参加してのワークショップです。

杭州には空港があるにもかかわらず我々の予定に合わせてわざわざ片道三時間半以上かかる道のりですが、上海の空港まで迎えに来てもらい我々をピックアップして現場へ向かいました。私のその日のレクチャーの時間は18:30-21:30と予定されており、その日は三時間のレクチャーが数本すでにあったらしく夕食後のレクチャーで広聴者が眠くならないかとても心配な陸路。あと案の定SIMも安定せずぼーっと外を眺めてました。外は安定の霧。高湿度がもたらすグレイッシュで美しい世界。

宿泊先に到着しチェックインしている時に遠くから呼ぶ声がしました。前のワークショップに参加してくれていた現地の大学生たちでした。その表情は明るく、そしてこちらも元気をもらえるような勢いがありました。日本で考えにくいのですが、二週間泊まり込みのワークショップを終えてその数日後にまた泊まり込みのワークショップに参加しているという貪欲さに少し脱帽し、前のワークショップに参加した学生で今回都合悪く参加できない人からも「参加したかった」とメッセージをもらったり、とても温かい歓迎を受けました。

その日のレクチャーは、地元中国のデザイナーを始め、台湾、アメリカ、ドイツ、日本のデザイナーがそれぞれのレクチャーを行い各テーマに沿ってワークショップを行う物です。テーマは土地ごとにわかれており、その土地の名産をお土産にするという物でした。私は日本のお土産やパッケージデザインの好例を紹介し、そのデザインに至ったプロセスを読み解き伝えました。レクチャーのテーマは「想起」です。

私はデザイン事務所に移籍する前に中小企業で二年ほどパッケージデザインをしていました。情報を持ちながらも立体的であり、陳列される事、ブランドの誇示、使用の説明、デリバリーの安全性など様々な要素を含んだ2.5次元のデザイン。これはとても面白いカテゴリーだと思います。そしてお土産というテーマにおいては、渡す人(お土産を買う人)が得たもらう人に「経験を伝播」させる事が多くの目的だと考えました。そこで必要な行為が「想起させる」という事。その点に的を絞りレクチャーしました。

デザインはいつも様々な役割を持っています。どのように使うかはデザイナーが決めますがその要件はシーンやユーザーより自ずと出てくるものだと思います。お土産は実用的でなくても良いと考えますが、その分経験の伝播があればの話。では自分が経験(目で見て、手で触れて、耳で聞いて、舌で感じて、臭いもあるかも知れませんが)を一度分解してグラフィックと立体の二つに要素として再編集するというプロセスを行いました。

得意不得意はあるものの彼らはその多くのレクチャーを全身で吸収し、即座にアウトプットしなければなりません。二日で行いプレゼンテーションまで進めるのです。実質一日半もないくらいの強行ワークショップであり、食事と睡眠とレクチャー以外の時間のほとんどは課題に充てられ、少しでも良い物を作り出す為の作業を繰り返します。こういう事に従事できる時間はとても羨ましく思いました。反復して積み上げた物は裏切らない。そして彼らはとても若く、戸惑いやプレッシャーすらその身にしっかり吸収し成長していく様を清々しく見る事ができました。二日目の昼にはそれぞれの発表があり、その中で彼らの持てるベストを尽くす為にひたすら作業をする。そのテーブルを一つづつまわり、アドバイスをしていく。そういった素晴らしい時間。

私は他のメンターのレクチャーやプレゼンテーションは中国語ですので私にはそのほとんどは理解できませんが、絵や人の表情から感じられる事、学べる事はたくさんあると思います。また言語が伝わらないレベルでも伝える力こそ、デザインだと思いました。さて、合評の時が来ました。大きな模造紙に手書きでアイデア、コンセプト、スケッチなどをまとめてのプレゼンテーション。その手法はとてもプリミティブで逆に新鮮に感じました。それぞれの発表に対して、中国、台湾、ドイツ、日本のメンターが感想、アドバイスを行います。それぞれのいい所、まだまだの所ありますが全体的には短い時間の割にしっかりできている印象がありました。このまま製品化できるんじゃないかと思えるレベルの物もいくつか。

合評を折り返した時に、少し気になった事がありました。自分のプレゼンテーションが終わった人のうち、他のプレゼンテーションを聞いていない人が多かったです。これは国民性なのかはわかりませんが、違和感を感じその後の合評の時に「他の人が問題に対してどのように回答(デザイン)したかというのは、客観的に見れて結果自分の成長につながります」という内容のコメントを出しました。これはまさしくその通りで、デザインにおける問に対しての解は一つではありません。そこに入るデザイナーの倫理観や哲学によって全く違う回答になるのです。いわば国語的や道徳的な要素かも知れません。

ですので「デザインをする前のデザイン」をしなければならないなと思い、辛辣ながら先ほどのコメントを口走り、スタッフがそれを中国語でそれを伝えたとき巻き起こる拍手。とても不思議な情景でしたが一つ自分の仕事をしたような気持ちになりました。他のメンターですら携帯を触っていたような状況でしたのでこれは必要な事だったんじゃないかと思いました。何人かの方は「江口老師は中国語がわからないのに、ちゃんと話を聞いていて偉いですね」と言われました。そういう意識はありませんが、上記にもあるように、言語を超越した物こそデザインだと思うので、そこから単純に学びたかった気持ちがそうさせたのだと思います。私は基本的にデザインに関しては人の話をしっかり聞きます。それ以外も為になる話は興味が無かったとしてもしっかり聞く方だと思います。誰かが人の前で何かを話すというのはとても文化的な素晴らしい事ですので、それに相応しい聞き方があると改めて思いました。全てのプレゼンテーションが終わろうとしたとき、雲の隙間から夏の日差しが差し込み、眩く外が照らされいつのまにか晴れました。参加者のプレッシャーからの解放なのか、雲散霧消とは本来あまり良くない意味で使われるかも知れませんが、この瞬間を形容するならば当てはまる気がします。

このワークショップには続きがあります。それぞれの発表後に、各国のメンターが6人づつ選出し新しいチームを組み、再度同じテーマに取り組むという物。私たち日本のチームに入りたいと立候補してくれたメンバーの中から印象的な人選を行い、今まさしく中国の伝統的なお茶のお土産のパッケージに取り組んでいます。そのプロジェクトも今月中旬に終わりを迎えますが、こうやって海外の人と混成チームでデザインを考える時間はとても貴重です。デザインは国境を超える事ができるし、今も密に連絡を取り合いお互いに成長しながらミッションを終える為に日々を共に生きていると思います。そうして絆が生まれていくとすら思えてなりません。

「我々が共にデザインを続ける限り、世界のどこかで必ずまた会えるだろう。」

とかっこつけて伝えた矢先、来月の上海の招待展示が確定しそれもすぐに叶う事になったというお話。

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