見えざる世界を覗き込む。

実は最近はまっていることがあります。
はまるきっかけになったことをお話すると、ある町工場とのプロジェクトでのこと、その工場は極めて精密な部品を作っており、肉眼だけではその精密さは視認することができませんでした。ただ指で触るとそれは確かに「在り」、物質として実現していることを感じました。
手はセンサーの塊と言いますが、人間は様々な情報のほとんどを視覚情報に頼ってしまっているということもまた事実であり、そこにアイロニーが存在します。つまり手が目より深い情報をキャッチすることができてしまったということなのです。そしてその精密部品は人の手が作り出したものではなく、機械が(正確には人と機械の協業により)作り出したものであり、人の手よりも機械の単純な運動というのは極めて精密なものづくりを可能にするということです。匠の手の感覚は機械を超越すると言いますが、それに迫るこの精度は見た時の美しさや精度の緊張感を人に感じさせます。
そこで僕はどうしてもその肉眼では見えないレベルの物を観たくなり、ルーペをたくさん購入しました。倍率は3.5倍から40倍まで。レンズ系は60mmまで。大小、構造それぞれ用途によって様々です。見る対象物によりそれらの仕様は変わります。
ブルーノムナーリというイタリアの建築家でデザイナー、教育者の方がいますが、彼は観察を非常に重要に考え、しかも幼少期からハイキャリアになってもなお続けていたと言います。詳しくはファンタジアという本に書かれていますのでぜひ読んでほしいです。
普段何気なく事務所に転がっているものの精密観察を僕は始めました。スタイロフォーム、コーヒー豆、スマートフォンを充電するプラグなど、有機物、無機物構わずにそれらの「見えざる世界」を覗き込むと、目に別の世界が飛び込んできます。まるで近く世界の向こう側を覗き見るようなドキドキがあります。つまり、多くの人間は「見ているようで見ていないかった」のかも知れません。
スタイロフォームはもちろん発泡材な訳ですがその微細な発泡組織を40倍のルーペでまじまじと観察した人はそういないのではないでしょうか。その小さな発泡層の中に存在する小さな空気層が、断熱効果を生み、また吸音効果も生んでいる。それらはフラクタルに造形拡張し、形状を維持している。細胞分裂に近い生成活動により、細胞に構造をしていると感じます。といった具合に、これまで「ふつう」だと思っていたことに潜在してしまった「原理」を観察し紐解いていくことにはまっています。
物質であふれ、その反発でモノを買わない人が増える中、「じゃ、実際モノってどう成り立っているの?」と正しく理解し、歴史や系譜と交わらせながら伝えていったときに次の時代に必要なモノが俯瞰して見えるような気がして、毎日少しずつ時間を作っては「見えざる世界」を覗き込んでいます。
上記にある町工場とのプロジェクトは、順調に進めば今年の12月に香港の展示会にてお披露目されます。そのことについては、情報解禁されたら詳しくお伝えしていきますが、町工場の持つ技術への感動をそのまま商品に写し取るようなプロセスから生まれたモノです。そのモノを見たり触ったりすることにより、見えざる世界で精度を維持しモノを作ることができる日本の物づくりの素晴らしさが人々に伝わればいいなと思います。