14/08/15
14/08/15
使用者が漫画の主人公になれる。
昨年の六月ごろでしょうか?母校の大阪市立デザイン教育研究所の学生をベースとした学生有志チーム[MANGAKA(マンガカ)]からディレクションの依頼を受けました。
題材は漫画です。日本のカルチャーとして最も世界に浸透している漫画を題材とする事で現代日本らしさを世界に表現する事ができると彼らは考えました。ここまでは引き受けた時にすでに決まっていました。私はその漫画をどのように家具や雑貨に落とし込むのがいいのかを考えました。そこで生まれたコンセプトが「使用者が漫画の主人公になれる」でした。
漫画は小説の様にインテリジェンスではありませんし、映画のようにオートマティックでもありません。多くの人が楽しめる為にある程度の感受性と想像力があれば容易にその内容を理解できるように幕末の頃からそのノウハウは蓄積され、今日の漫画文化を醸成させています。私は小説を読みません。ビジネス書は読みますが、活字だけの本はほぼ読みません。でも漫画は読みます。見せ方の旨い漫画は時に小説よりもインテリジェンスを感じます。映画ほど押し付ける物ではなく、それぞれのペースで読めるのも漫画の魅力だと思います。同じシーンを何回も読んだりできます。それは小説ではできても映画館ではできない事です。静止画の連続性で躍動感を生み出しています。そこも面白い。映画ほどスムースではなく、あるコマだけを気に入るなんてこともあります。それも実にいい。それでいて、感動し時に涙したりします。
そういった「切り取られた時間の断片の連続性」の中に使用者が入れたらどれだけ楽しいだろう。そう考えたわけです。そうしてコンセプトは決まっていきました。
立ち上げ当初の話をすると、最初はミラノサローネに出展する事を目指していましたので、出展経験がある私に手引きしてほしいとの内容でした。当初は五人くらいしかメンバーが居なくて活気もあまり無い小さなチームでした。私は意志が強くあれば物事は一人でも進められるとは思っていますが、大勢で活気に満ちた物には到底勝てないとも思っています。だからメンバーを増やす事から始めるべきと思いました。スタッフが先日ある言葉を教えてくれました。
「早く行きたいなら一人でいく。遠くまで行きたいならみんなでいく。」 アフリカの古いことわざだそうです。まさしくこのことに相応しい言葉です。新規メンバーを集め少しづつ再編成していきながら、現在のメンバーになりました。狙い通り、人数が増えた事で活気が生まれミーティングに推進力が生まれて行きました。それぞれに役割を与え、それぞれが実行する事で相乗効果を生み出すことも目的でした。
昨年の夏ごろには、友人で漫画家のかみじょーひろさんにお越し頂き、プロとして漫画とはどういう物なのかというデプスヒアリングも行いました。原画を見せて頂いたり、道具を見せて頂いたり、漫画業界の話などを聞く事で作品が深まっていくんじゃないかと思い、協力して頂きました。かみじょーさんありがとうございます。
諸事情によりミラノを断念し、行き先をテントロンドンに変更しました。色々ありましたが、ロンドンで良かったような気もします。審査に受かり、出展が決まった時の彼らの顔は今でも安易に思い出せます。自分のミラノの時と照らし合わせてしまったからです。
作品は昨年の六月から始めて最終のデザインがおおよそ決まってきたのは今年の春ごろだったと思います。思えば一年弱かかっているんですね。それほどまでに煮詰めてデザインして来たからこそそれぞれの作品に対する想いも大きなものになっていると思います。産みの苦しみと言いますが、これほど長い時間かけてアイデアを考える事は彼らにもなかった経験なんじゃないかと思います。
私はこの件を引き受ける時に、自らはほとんど手を貸さないという事を心に決め引き受けました。自らのミラノサローネの経験から、自ら出展料、試作費用、渡航費、その他の雑費を全て出す事により、また自らが図面を引き、手を動かして模型を作り、ウェブサイトや販促品に至るまで自主的なミーティングから全てを生み出し、実行する事に最も大きな意味があると思いますし、成功も失敗も自分のお金や責任において行う事が最も大きな効果を得る事を知っているからです。
またミラノサローネに出展した時は、それまでの価値観や人生観を大きく変えるような衝撃的な時間を過ごせた事もあり、これは若年であればあるほどその後の時間に作用するようなものだと思いました。だからこそ二十歳の彼らに今経験してほしい事だと強く感じ引き受ける事にしました。彼らと出会った時はほとんど18歳で、高校を卒業してすぐの人達だったけど、やっぱり目の色が少しづつ変わってきたと思うし、メンバーもみんなしっかりアルバイトしてこの出展に全員が何十万円もお金を使う。遊びたい盛りにそれを行える事が彼らの素晴らしい部分だと思いました。ロンドンでの経験はほんとに大きなものになるだろうと今から楽しみだし、自分も19歳の頃にCasaでミラノサローネ特集を読んで「いつか出展したいな」と思っていた事を自らの力で11年越しに叶えた事が、彼らの役にも立つなんてそれはとても幸せな事だと思いました。そしてそういった事をしっかり支援できる大人になれた事も少し嬉しかったかな。
試作はいつもいろんな試作をして頂いているBRIOさんにお願いする事にしました。家具や内装施工を生業としており、学生たちの最も弱い部分である「実施設計」に関してアドバイスを頂く事にしました。幾度もやりとりをし、仕上げ前の試作を見ると彼らは本当に喜び、そしてその完成が待ち遠しくなりました。その日ももうすぐ訪れます。私も自分のように嬉しいです。
その他、ブースやカタログ、フライヤー、名刺、ウェブ、プレゼンボードなどの全ての製作物を週一のミーティングで行いました。一年半の間、週一回(時に二回)のミーティングをするのは本当に大変な事だと思いますが、彼らもしっかり着いてきたと思います。口では言いませんが彼らは「しっかりと本気」なんだと思いました。計算すると100回近くミーティングを行っており、数百時間話し合っている事になります。学校の授業とは全く別の部分でこの時間を捻出するのは大変だっただろうと思います。ほんとによくがんばりました。その日々の活動を少しづつブログで紹介しています。トップページの本からどうぞ。
写真は汚いですがミーティング風景。この風景が見れるのも後少し。今からちょうど一ヶ月後の9/15にMANGAKAはロンドンに向けて出国します。一カ月後の今頃は空の上でしょう。そう考えると週一でミーティングしてきた事も、彼らと過ごす時間もあと少しで終わるのは少し寂しい気持ちもありますが、「一年半しっかりやってきたことを世界が見る。」その瞬間を最も待ちきれないのはもしかしたら他でもない私なのかも知れませんね。そんな風にすら最近は思えてしまいます。
最近思う事があります。自分の人生や時間は他人の為にあると言う事です。そう考えるのが最も幸せな回答だと思うのです。お互いがそれぞれそう考えあえる間柄になればそこには「無償の協力」は成り立ち、それがサスティナビリティの最も重要な項目に成り得ると私は思うわけです。物事を長く続けるには相手を思いやる気持ちが大切で、相手がそれを返す事で成立しあう関係性。動物はしっかりとそういった事をしているのかも知れませんが、現代の人間(資本主義)の世界ではそれは希薄になりがちが事柄なのではないかと思います。自分は彼らの為にそういう事を自主的に行い、彼らはまた自分よりもいくつも下の人達をしっかりと導く縦の関係性をしっかり構築する事がこれからの自分たちが生きて行くために必要な事です。
「自らは周りと後の為に。」
それが基本だと言う事にしっかりと気づけたのがこの活動かも知れませんし、大きな感謝と共に彼らの出展を祝福したいし、成功も失敗も今後のデザイナー人生においての大きなファクターとなる事を祈りながら。