20/05/07
20/05/07
デザインの最初の扉を開く鍵。
まだ準備中ですが「はじめて」に取り組んでいます。今年serpentinataというボールペンを発売します。実はこのペンは自分には特別なものになりそうです。
独立して12年になりますが自社商品を手がけるのは実は初めてで、小売りもやったことはないので何から何まで初めての体験です。
もうすこし整理していうと、事務所の一階のオープンスペースはpage gallery(頁ギャラリー)と言う名前で活動していますが、世界中にある素晴らしいアート・デザインギャラリーのように、小さいながらもギャラリープロダクトを作りたいという構想が以前からありました。おそらく2016年くらいにはそう思っていたと思います。
このペンは昨年の10月に別のイベントで発表したデザインの量産型ですが、以前から多くのプロトタイプの展示を見たり、制作したりするたびに「この素晴らしいデザインはなぜ買うことが(売ることが)できないのだろう」という自分の中で疑問が引っかかってました。これは来場者も同じことを思っていないでしょうか。
http://kairi-eguchi.com/project/twist
全てが販売できるわけではないと思いますが、見て、体験して終わりというのは、意識や気づき以外のプラスの要素がないし、いつもいい物を見ては「これ欲しい!売ってください」といっても「いや、これはプロトタイプなので販売できません」と言われ、悔しい想いがします。当然そうしたものは徐々に記憶から消えて行きます。自戒を込めて言うとせっかくの素晴らしいアイデアも、名前を売るためだけに作られたのではアイデアの消費に他ならない。
そうしたもやもやに終止符を打つべく開発に乗り出しました。事例を一つ作るということは、基準を一つ作るということと同じ。
少ない経験での持論ではありますが、工業デザインは発表からリリース(または廃盤になる)までが1番工業デザインだと思います。プロトタイプ段階ではおざなりにしてきたこと全てに向かい合わなければならない。平たく言えば絵にしたりただ一つ形になっただけではそれは企画としてのデザインであり完全な工業デザインではない。
このペンで言うなら、1番大きな課題は根幹のコンセプトである3Dプリントで需要分だけの少量生産という未来的な生産方法での精度の確認、部品の嵌合、替え芯の交換方法、その部品の調達、色とサイズの制約の良い着地点の模索、パッケージのデザインと調達、販促品のデザインとプロモーションなど、すべての工程が10だとすると絵にして外観の試作品(昨年展示したもの)までが1か2くらいの工数になってきます。
つまり前項の話と関わってきますが、一台だけのプロトタイプの完成度を追求する話と、それを量産して販売することの難易度の話は実際別次元であり、その次元の差が多くの素晴らしいアイデアをプロトタイプどまりにしているとも言えます。
このプロジェクトを取り巻く多角的な状況について。
今回のプロジェクトにおいてとても悩ましいのは、今のユーザーが持つペンのイメージや価格帯も含めた常識とこのペンが設定している未来との距離感です。みなさんは普段使うペンはおそらく数百円くらいでコンビニエンスストアや文具店、Amazonなどで買う物だと思いますが、それらは年間に何全万本と生産されています。それは広い需要を満たすためにそういうシステムになっており、物はたくさん作れば安くなるというのは常識ですが、その理由の1番の要因は「決まった時間にできる個数」です。何かを1時間にひとつ人(または機械)が生産できる場合と、1時間に100個生産できる場合では生産効率が変わり一つあたりのコストが落ちるということです。それと需要のバランスで今のペンの価格が決定されています。
その一方でペンそのものの需要は、社会のペーパーレス化やタブレットやスマホの普及により過去から現在まで落ち続けています。年々手で書く字も汚くなり、漢字も忘れつつあるのがその証拠だと思います。この動きが意味することは将来的にペンの世界は狭くなるということだとでは無いでしょうか。ペンのない世界になるとは思えませんが。
そこで私はそうした未来への考え方として、また地球環境を考えた時、必要な分しか生産しない方法で、新しい価値観のペンを作れないかと、昨年発表したペンをベースに検討を始めました。つまり在庫が常に1の状態です。そうすることで過剰な生産をせずに済み、無理やりなセールなどを行わずに済む方法です。こうした視点からも未来的なのかも知れません。あくまで「たくさん売れない」という想定バランスのもとに至った結論です。
ペンは四角柱をひねった形をしています。これは昔からヨーロッパの鉄柵などによく用いられるツイスト加工であり、実際にこの鉄柵は四角い無垢(中身の詰まった)棒を熱して、力持ちがひねって造形していたそうです。そうすることで無機質な四角い棒に、エレガントな有機的な造形を与えることができます。それはとてもシンプルかつ知的な造形行為だと思います。そしてこのペンはねじれた造形が手に自然とフィットするように綿密に設計しました。いつになるかわかりませんがぜひ実物で精緻な造形を感じ取ってほしいです。
まだ販売前なので値段は言えませんが、実はそこそこ良い値段です。価格だけを見れば普通は高いと思われるでしょう。しかし高いという認識は何千万本も年間生産される大量生産品との比較でそう見えるのだと思います。このペンは工程のほとんどを機械が行いますが、その材料、生産方法、そして生産数のバランスがこれまでの量産品と異なります。
価格という価値は相対的かつ周りの影響や情報により流動的になります。だからこうして生産されるものの背景を伝える必要と責任が作り手にはあり、未来のものづくりには常にこのように適切なバランスを要求されると私は考えます。
ペンのデザインの話に戻りますが、もちろん使い捨てでは無く替え芯が可能です。大量生産されたペンは、替え芯の効率のためにネジ構造を用いて簡単になっていますが、これは射出成型(インジェクション成型)という高精度の生産方法で作られているためにできますが、3Dプリンターではそこまでの精度は無く、私は替え芯の方法の開発にかなりの時間を費やしました。その構造はぜひ実物で確認してもらいたい。
真新しい構造なので最初は難しいかも知れません。ユーザー視点で考えれば本当は同じ方式にしたいのですが、3Dプリントという発展途上の生産方式であるためにこうした新しいエンジニアリングをする必要がありました。それも含めて批評していただければ嬉しいです。
名前はserpentinata(セルペンティナータ)いう名前になりました。イタリア語ですが、説明するとフィグーラセルペンティナータという言葉で、日本語だと蛇状姿態(だじょうしたい)という言葉に当てはまるようです。言葉の通り蛇状に曲がりくねった状態のことを指すそうですが、ミケランジェロの彫刻や絵画などによく言葉は使われます。人体などのポージングにひねりを加えることで、躍動感や優美さを生み出す表現のことだそうです。名づけ親は大阪は京町堀にあるイタリアンバール[Punto E Linea]のマスター鎌田さんが付けてくれました。鎌田さんとは昨年私のギャラリーでネグローニ生誕100周年を祝うイベントを一緒に行いました。なかなかいい名前だと思います。
さて、今はパッケージと販促品(ディスプレイなど)をデザインしています。このご時世なのでいつフィジカルにお披露目できるかはわかりませんが、世界観の作り込みを自分の判断だけでできるのは、クライアントワークには無い自由さがあります。制約はどちらにもありますが、クライアントワークは共同作業ですので相手の意思や経営判断が成果物に反映されることが多いです。その点ギャラリープロダクトは自分で作り込めるので相対的にコンセプトの強いものになると思います。ましてや普段デザインしているような何万台の製品のデザインでは無く、必要分しか生産されない物なのでコンセプトは際立ちます。
ギャラリープロダクトなので、これを機にギャラリーのスタンスを整理してみました。というか、このプロジェクトとギャラリーの在り方を行き来しながら考えています。このプロダクトにギャラリーの思想が投影され、その内容が可視化されるものになると思いますが、詳しくまだ話せませんがとにかくこれまでに無い物になると思います。あらゆる視点でこれまでの事例を避けるようにデザインしているので必然的にそうなるわけですが、未踏の地を踏み歩くのはいつの世も楽しい物です。様々な不可なく新しいことにチャレンジできるわけですから、換骨奪胎する必要はありません。
ギャラリーの話をしますが新型コロナウィルスの影響で展示がいつ再開できるかわかりません。そこで今はギャラリーショップのECサイトの構築をしています。先ほどお話ししたコンセプトに基づき、オリジナルプロダクトはいくつか生産販売しつつ、ギャラリーの思想に合う物は取り扱いを始めていきたいと考えています。
少しずつですが新しい在り方になれば、そこから次の世界を創出できると思いますし、そもそもpape galleryの名前には「デザインの世界の外側の人がデザインに触れる最初の1ページ目」という想いが込められています。その人にとってデザインの新しい世界が開けるとき、その鍵はこのペンのような形であったなら、それは喜ばしいことだなぁと思うばかりです。
新型コロナウィルスの状況が良くなり、ギャラリーでの展示が再開されたらSerpentinataの販売を記念するイベントをぜひやりたいなと思います。